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家康掛川城攻め「不入斗に陣」 袋井の民家に古文書
静岡新聞
戦国時代の1569年、徳川家康が掛川城攻めのために本陣を置いた場所は、現在の掛川市の「入山瀬」説と、袋井市の「不入斗」説の2つの説がある。このほど、不入斗説の裏付けにつながる可能性が高い文言の入った古文書が袋井市国本の民家で見つかり、地元郷土史家の話題となっている。家康はどこから掛川城を攻めたのか。歴史ファンの注目も集めそうだ。
今川義元が桶狭間の戦いで織田信長に討たれた後、嫡男の氏真は駿府から掛川城に逃れた。その後、家康は掛川城を攻めるが、その本陣の場所の記述は古い書物などによって2つの説がある。
最近の「掛川市史」によれば、通説は入山瀬説だが、不入斗も昔は「いりやまず」や「いりやませ」と読まれたため、不入斗説が台頭している。
そんな中で“新発見”となったのが、袋井市国本の無職足立徳之さん(63)宅から見つかった「北原川旧蹤」という古文書。文書の中から「徳川家康公今川を攻めるとき陣を不入斗村に取る」という文言が見つかった。
足立さんの友人で、この文言を見つけた郷土史家の兼子春治さん(62)によると、この文書は江戸期に書かれたものを足立家の人が明治期に書き写したとみられる。文書の元が何だったかは不明だが、兼子さんは「本陣の論争に結論をつけたとも言える大きな発見」と主張する。
この文言について静岡大学の小和田哲男教授は「『掛川市史』の執筆時から入山瀬よりも不入斗の方が位置的に陣場にふさわしいと考えていた。江戸期の伝承に文言があったというのは有力な証拠になると思う。家康の掛川城攻めの様子を知る上で注目される発見」と話している。
http://www.shizushin.com/local_social/20071126104724.htm
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